夕暮れの裏庭から

思い出とか、考え事とか、いろいろ。

2022-01-01から1年間の記事一覧

医の心

胃腸の治療をした。医者の世話になるのは数年ぶりと言っていいのだが、あるものを見て、 「開業医であれ勤務医であれ、一人の人間として対峙する医者は基本的に信頼してよい」 という直観を得た。これは、結構信頼していいほうだと思う。 なぜこんなことが浮…

「それでも」から始める

「人生はそれでも続く」という新書を読んでいる。ある街まで出かけて、帰りの電車が手持ち無沙汰だったから買ったものだ。 書店に入ったときは同じレーベルの別の本を探していたのだが、どうにも見当たらなかった。そんなときにタイトルが目に入り、「それで…

極私的映画談義

趣味というのは、ぼくにとってひっそりと作っている箱庭のようなものだ。自分の思い出や思い入れの対象を集めているだけだから、誰彼なしに共有するものではないし、脚光を浴びて誰かが訪れてくることを望んでもいない。ただし全く誰にも触れさせたくないも…

点景_8

(本来あるサークルのオムニバスに載せる予定だった掌編なのだが、出版が取り止めになったためこちらに掲載する。この話に加えて本に収めるつもりだった短編が一本あり、そちらも加筆と修正を入れたのちに、このブログで公開する) 昼下がりの光に包まれた出…

対人関係の感度

「他人の立場に立てる人」を、ぼくは純粋に畏怖する。ずっと昔からそうだったのかといえば、そんなことはない。自分もそうあるように努めていた時期があった。だが、とりあえず現状の結論としてはそう考えている。 畏怖という言葉をどう受け取るかについては…

ゲームが、逃避の目的地ではなくなったいま

この10年と少し、ほとんどゲームに触れずに過ごしてきた。 何かの信条があったというわけではない。 だが、それがぼくにとっての逃避の目的地ではなくなったことが絡んでいると思う。 冒頭からああ書いたものの、それまでは暇さえあればコントローラーを手に…

孤独感と有用性

それが何であったとしても、何かに対して切実な人はほとんどの割合で何かしらの寂しさを抱えていると思う。すでに誰かが「存在意義の証明」のような言い方でピン止めして語っているとは思うが、この二つの現象はきっと有意な相関がある。 自分語りがいいもの…

一九七八年の「飢餓地獄」

何気なく現代に生きていて、一種の娯楽として、言いようによっては「暇を潰す」という形で映像を消費しているだけなのに、時々不意打ちのように画面との関係が切迫させられる瞬間がある。しかもそれは、初見に限ったことではない。 大河ドラマ『黄金の日日』…

点景_7

雑居ビルの軒先に、ぴちぴちと雨だれのしずくがはねている。「あー、この辺通れなくなるね。排気ガス臭くなっちゃう」 マイティジャックが、昨日から始まった道路拡張工事を眺めながらつぶやいた。 どうしてこいつがマイティジャックなんて珍妙な名乗りをし…

点景_6

満開の桜に囲まれた校舎の光景が記憶に残っているから、あれは確か中学一年か二年の、年度が変わる頃の話だったと思う。 吹奏楽部に所属していた僕はその日、練習はなかったものの、前日の忘れ物を取りに音楽室に向かった。忘れ物が何だったかはすっかり失念…

点景_5

拝啓 春光麗らかな季節を迎えましたが、いかがお過ごしでしょうか。私は少し風邪気味なところもありますが、元気に過ごしています。 一月末頃のことですが、私のもとに取材が来ました。映像は先週の日曜に放送されたとのこと、私は刑務作業に従事していたた…

点景_4

外の目を遮断する暗幕の中、力仕事で上気した呼吸が、防塵マスクのせいで眼鏡を曇らせる。夏の暑さも相まって、作業服の下では肌着が絡み付くような湿気が溜まっている。「そう、もうちょっと右、そうそこ。せーの」 アイは向こうの端を持つジュリと動きを合…

点景_3

配線が張り巡らされた部屋には、申し訳程度の明かりが灯されている。低く唸るような通気口からの埃っぽい風、金網状の無骨なキャットウォーク。この空間が、来客者の目には触れることはない。一年中変わらない、壁の向こう側のいつもの光景である。 「マキナ…

点景_2

近所の高校のグラウンドから、ノックの音が聞こえる。会議室のカーテンを揺らす初夏の風に乗って、白球を追う掛け声が運ばれてくる。 「で、これが今回の目玉ってところかな。もう知ってるかもしれないけど」 腕まくりのダンガリーシャツに袖を通し、前髪を…

点景_1

言葉はある、だが充てるべきシナリオが思いつかない。そんな状態がずっと続いている。情感を弄んでいるとも言えるし、語りの機能不全でもある。 プロローグもエピローグもないが、点景だけがある。 スケッチのつもりで書いた。しばらく続けると思う。 ------…