夕暮れの裏庭から

思い出とか、考え事とか、いろいろ。

点景_7

 雑居ビルの軒先に、ぴちぴちと雨だれのしずくがはねている。
「あー、この辺通れなくなるね。排気ガス臭くなっちゃう」
 マイティジャックが、昨日から始まった道路拡張工事を眺めながらつぶやいた。
 どうしてこいつがマイティジャックなんて珍妙な名乗りをしているのかというと、以前食客していた、鎌倉の映画監督の家でつけられた名前をそのまま使っているそうだ。ふと気が向いて庭の外に出たのはよかったが、仲間内で集まった際に舐めてしまった焼酎が効き過ぎたせいで帰り道をすっかり思い出せなくなり、気ままに旨い飯のあるところを転々としていたらこんなところまで来てしまったという、本義とは違えど文字通り酔狂としか言いようのないうっかり者である。いや、うっかり者なんて言ってしまえばほかのうっかり者に失礼なくらい度を越しているのだが、ここまで純度の高いうっかり者もそういるまいと思うばかりだ。
「どうすんの? そろそろこの辺で落ちつきたいって言ってたけど」
 この辺りには、俺以外に住み着いているやつの姿はなかった。ふらりと流浪の旅人として現れたマイティジャックだったが、やつもかなり年齢的に足腰がしんどくなってきているらしく、この辺に住みついてもいいかと俺に尋ねてきたことがあった。別に土地の主というわけでもないが、誰にも縛られることがない気ままな独り身生活もだんだん飽きてきた俺は、ここらで誰かとお互い食わせあっていく暮らしも悪くはないと思ってそれを許していた。
「うーん、車のにおい駄目なんだ。ちょっと出て行くかもしんない」
 気ままなやつだな。だが俺はこいつの、お互い気ままな距離感で生きていけると思わせてくれたところが好きだ。
「まあ、気の済むまでいなよ」
 俺は長いこと何かを考えていられる性分ではなく、あくびがこみ上げてくる。
「とりあえず雨がやむまで、ここにいるわ」
 マイティジャックも俺につられてあくびをすると、気だるそうにひげを肉球でもてあそんだ。