夕暮れの裏庭から

思い出とか、考え事とか、いろいろ。

点景_1

 言葉はある、だが充てるべきシナリオが思いつかない。そんな状態がずっと続いている。情感を弄んでいるとも言えるし、語りの機能不全でもある。

 プロローグもエピローグもないが、点景だけがある。

 スケッチのつもりで書いた。しばらく続けると思う。

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「そんなこと、いまさら訊かれたってね」 

 クロエは、くわえたタバコの先に火をつけた。雑居ビルの間に流れ込んだ夕暮れの光と影の中に、 一条の煙が漂い立つ。 

 指先の肌の張りは、確実に以前より落ちている。 

「あんたこそ、なんか事情あるんでしょ」 

 肺に溜まった煙を、反動のように吐く。 別に、背景を知りたいとも理解したいとも思わないが、黙っておくのも居心地が悪い気がした。 

「うーん」 

 オーバーサイズのパーカーに身を包み、ショートボブを薄桃色に染めた、まだ二十歳かそこらと思われる女――ユウは、ほとんど空になっている使い捨てカップのストローをすすった。透明なカップに、クリームとも唾液ともいえない何かが残っている。 

 私がこの稼業を始めた年よりも、おそらく五歳は若い。クロエは胸のうちでそう推察した。 

「……」 

 二人の間で、沈黙が流れている。そこに工場街から、チャイムが聞こえた。男たちの終業の合図だ。 

 男たち。かつては悲愴なまでの眼差しで歯を食いしばり、血を流し、死を覚悟して戦い、いまは秩序のもとに使役される男たち。その欲望が解放される夜の帳が降りる。 

 クロエは、工場外のさらに遠くでそびえ立つ、天にも届くほどの塔を眺めた。 

 あれがこの地上に降り立ったとき、全てが終わり、全てが始まったのだ。 

 

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