夕暮れの裏庭から

思い出とか、考え事とか、いろいろ。

点景_8

(本来あるサークルのオムニバスに載せる予定だった掌編なのだが、出版が取り止めになったためこちらに掲載する。この話に加えて本に収めるつもりだった短編が一本あり、そちらも加筆と修正を入れたのちに、このブログで公開する)

 

 昼下がりの光に包まれた出窓の金魚鉢に、色づいたひとひらの葉が舞い降りた。

 出目金が、ひれをくゆらせるかのようにして泳いでいる。

「……あぁーあ」

 声になるかならないかの境目のような息が、あくびとなって漏れる。芽以は目をつぶり、椅子にもたれた背を大きくそらした。


 ーー夏のうだるような暑さがまだ残っている、夕暮れ時の縁日のことだった。

「おお! すごいじゃん!」

 下手だからいやだと言って断る私に、彼はじゃあ俺もやるからと言って、勝手に金魚すくいの的屋に二回分の小銭を渡した。乗り気だった彼のポイは水からすくったときにあっさり破れてしまったが、私はしぶしぶと扱っていたことが逆に功を奏したというべきなのか、その水槽の中で一番か二番には大きそうな赤い出目金がめでたく水揚げされた。

 となりで我が事のようにはしゃいでいる彼を見ていると、来てよかったかな、と胸の内でつぶやいた。想像するだけでも気がめいってくるほど夏の蒸し暑さが嫌いな私は、正直この縁日もはじめは嫌だった。しかしいつまでも二人でベッドに転がっているのも彼にとっては退屈だったようで、窓からの陽光が西に傾き始めたころ、昨晩駅から歩いてくるときに準備しているのを見かけた神社の縁日に行きたい、と言い出した。

 彼は私と違って、動いているのが好きだ。ときどき落ち着きがなく見えて、なんで私この人と付き合っているんだろう、と思うことがあった。でも、そんな彼に引っ張られているのは不快でもない、と感じている自分がいるのも確かだった。

 的屋の若い衆からビニール袋に入った出目金を受け取ると、私たちは神輿の掛け声と雑踏でにぎわっている参道を、遠くに本殿を眺めながら歩いた。彼と一緒にいるからと言って、気分が勢いづいたり興奮するわけではない。でも、居心地は悪くなくて、こんな時間がこの先続いていくのは嫌じゃなかったーー

 

 何分くらい経ったか、軽く頭に血が偏ってきた芽以は立ち上がると、窓際の出目金を手のひらですくいあげて、猫の餌皿に載せた。

「おいで」

 しゃがんで皿を床に置きながら呼ぶと、机の下からきじとらの猫が姿を見せた。

 猫は出目金を前足で何度かもてあそぶと、小さな歯を見せながらかじりついた。食いついた次の瞬間、まるで期待した味と違ったとでも言いたいかのように首を振って吐き捨てた。

「ま、そうだよね」

 芽以は立ち上がり、フローリングに転がる虫の息の出目金を指先でつまんだ。そのままペダルを踏んでふたを開けると、今晩収集場に出す予定のゴミ袋へそのまま落とした。