点景_2
近所の高校のグラウンドから、ノックの音が聞こえる。会議室のカーテンを揺らす初夏の風に乗って、白球を追う掛け声が運ばれてくる。
「で、これが今回の目玉ってところかな。もう知ってるかもしれないけど」
腕まくりのダンガリーシャツに袖を通し、前髪を左右に流している長髪の学芸員——雛坂は、今回の企画展で内部的に用意したと思われるプレゼンテーションの一ページを開き、ラップトップの画面を差し出してきた。
変わっていないな、と思った。籠りがちで聞き取りづらいこともあるが、響きだけでこちらを落ち着かせてくれるような声。眠たそうで力みがない、自然な筆遣いで描いたような目。
「これは、記事に写真載せてもらっても構わないから」
「ありがとうございます」
ございます、の語感が無意識のうちに固くなったことは、自分の声が形になった後に気づいた。同じ机に触れていて、窓から差す日差しは少し暑くて眩しいくらいクリアなのに、彼がずっと遠くにいるような気になってしまう。霞んだ向こう岸で、もう自分には振り向かない幼馴染が新しくできた友達と遊んでいるのを眺めているような心持ちだった。
「じゃあ、行こうか。案内する」
雛坂がスツールから立ち上がった。背を向け、ラップトップを小脇に抱えている彼の左手の薬指には、誕生石であるアクアマリンが控えめですましたかのように、まるでずっと昔からそこにあったかのような確かさで佇んでいる。
葉桜の香り漂わせた風が、おもむろに志帆の髪を揺らした。