点景
(本来あるサークルのオムニバスに載せる予定だった掌編なのだが、出版が取り止めになったためこちらに掲載する。この話に加えて本に収めるつもりだった短編が一本あり、そちらも加筆と修正を入れたのちに、このブログで公開する) 昼下がりの光に包まれた出…
雑居ビルの軒先に、ぴちぴちと雨だれのしずくがはねている。「あー、この辺通れなくなるね。排気ガス臭くなっちゃう」 マイティジャックが、昨日から始まった道路拡張工事を眺めながらつぶやいた。 どうしてこいつがマイティジャックなんて珍妙な名乗りをし…
満開の桜に囲まれた校舎の光景が記憶に残っているから、あれは確か中学一年か二年の、年度が変わる頃の話だったと思う。 吹奏楽部に所属していた僕はその日、練習はなかったものの、前日の忘れ物を取りに音楽室に向かった。忘れ物が何だったかはすっかり失念…
拝啓 春光麗らかな季節を迎えましたが、いかがお過ごしでしょうか。私は少し風邪気味なところもありますが、元気に過ごしています。 一月末頃のことですが、私のもとに取材が来ました。映像は先週の日曜に放送されたとのこと、私は刑務作業に従事していたた…
外の目を遮断する暗幕の中、力仕事で上気した呼吸が、防塵マスクのせいで眼鏡を曇らせる。夏の暑さも相まって、作業服の下では肌着が絡み付くような湿気が溜まっている。「そう、もうちょっと右、そうそこ。せーの」 アイは向こうの端を持つジュリと動きを合…
配線が張り巡らされた部屋には、申し訳程度の明かりが灯されている。低く唸るような通気口からの埃っぽい風、金網状の無骨なキャットウォーク。この空間が、来客者の目には触れることはない。一年中変わらない、壁の向こう側のいつもの光景である。 「マキナ…
近所の高校のグラウンドから、ノックの音が聞こえる。会議室のカーテンを揺らす初夏の風に乗って、白球を追う掛け声が運ばれてくる。 「で、これが今回の目玉ってところかな。もう知ってるかもしれないけど」 腕まくりのダンガリーシャツに袖を通し、前髪を…
言葉はある、だが充てるべきシナリオが思いつかない。そんな状態がずっと続いている。情感を弄んでいるとも言えるし、語りの機能不全でもある。 プロローグもエピローグもないが、点景だけがある。 スケッチのつもりで書いた。しばらく続けると思う。 ------…