夕暮れの裏庭から

思い出とか、考え事とか、いろいろ。

点景_4

 外の目を遮断する暗幕の中、力仕事で上気した呼吸が、防塵マスクのせいで眼鏡を曇らせる。夏の暑さも相まって、作業服の下では肌着が絡み付くような湿気が溜まっている。
「そう、もうちょっと右、そうそこ。せーの」
 アイは向こうの端を持つジュリと動きを合わせて、ブルーシートに包まれたそれを、観客席となっている二階部分から一階へ投げ込んだ。階下には、同じようにして投げ込まれたものが無数に積み重なっている。
 作業を一段落つけた二人は外に出ると、休憩所となっているプレハブに入り、真っ先にマスクを外した。ついさっきまで、先客がいたようだ。中には誰もおらずエアコンも切られていたが、冷気の名残りが漂っている。
「あー、私のも頂戴」
「はいはい」
 先にベンチに身を預けているジュリの背後からの注文に、共用の冷蔵庫を漁っているアイはわざとあからさまに、面倒くさそうな声で返した。
「ほれ」
 二本の缶コーヒーを取ったアイは、そのうちの一本をジュリに投げてよこした。
「ナイスボール」
 ジュリはそれを受け取るとプルタブを開け、咥えていたタバコを唇から手に持ち替えて流し込んだ。
「あぁ〜、うまいねえ」
 場末のカラオケスナックで、演歌でも歌っているかのような調子だった。
 アイも隣に座って背を預けると、溜まった圧から胸を解放するようにため息をついた。
「どうなんのかね、あれ」
「どうなるって?」
「臨時ったって、丸々どっかに移し替えもできないでしょ」
 もう半年近く、同じことを続けてきた。回収し、運び、投げ込み、そしてまた回収に出る。その作業をもう一度、しかもまだふた月は続く陽炎の中で行うのかと思うとアイは途方に暮れるばかりだった。
「ミキの姉御は「体育館ごと焼くんじゃな〜い?」って言ってたけどね。まあ上が決めるんでしょ」
「なんで後処理私たちがやんなきゃいけないわけ?」

「あー、ビール飲みたい……」
 聞き流しながら、アイは冷えた微糖のスチール缶を片手に窓の外を眺めた。

 壁越しに、どの夏も変わらない蝉たちの合唱が聞こえる。空には入道雲が湧き、飛び込んでくる光で目が眩むようだった。